契信 契信について
目を閉じた静かな石仏の顔

心のお話を、
静かに、ゆっくりと。

心に留まっていること。
あなたの言葉で、お聞かせください。

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はじめまして、
契信(けいしん)と申します。

東京都八王子市で、占い師として活動しています。仕事の岐路、家族との関係、自分の進む道。いまひとりで答えを探している方のお話を、全国からLINEでお聞きしています。

視えたことは、正直にお伝えします。けれど、決めるのは、いつもご本人です。

窓から光が差し込む、古い日本家屋の廊下
祖母の家の廊下。いまも静けさは変わりません。

人形と赤飯の、祖母の家。

私は八王子で生まれ育ちました。両親は共働きで、休みのたびに祖母の家に預けられていました。男の子にしては大人しく、外で遊ぶより祖母のそばにいるのが好きでした。

昔ながらの日本家屋には、古いひな人形や、旅先で買った木彫りの人形がたくさん飾られていました。子供の目には少し不気味でしたが、祖母は笑って言うのです。

「この子たちが家を守ってくれてるんよ」

祖母の家に行くと、決まって赤飯を炊いてくれました。特別な日でなくても、私が来るというだけで。もち米を蒸す甘い匂いが家中に広がって、その湯気の匂いを嗅ぐと、いまでも畳の感触を思い出します。

着物を着た古い日本人形 鍋で炊いた赤飯をかき混ぜる手元

小学二年の、ある日の午後。

祖母が買い物に出かけ、私は一人で留守番をしていました。昼寝から、物音で目が覚めました。玄関の戸が、静かに開く音。祖母ではない、誰かの気配です。

怖くて声も出せず、布団の中で寝たふりをするしかありませんでした。「誰か、早く来て」。声にできないまま、頭の中で必死に願ったそのときです。

ガタン、ガタン。棚の人形がいくつか、何かに押されたように次々と倒れました。廊下から驚いた足音と小さな声が聞こえ、すぐに逃げるように玄関の戸が閉まり、家は静かになりました。

帰ってきた祖母に震えながら話すと、祖母は棚を見つめ、私をぎゅっと抱きしめてくれました。

「あんたが強う願うたから、この子たちが応えてくれたんかもしれんね」

それが、自分の中の「何か」に初めて気づいた瞬間でした。

森の中の鳥居と社殿

感覚が、鋭くなっていく。

それから、不思議なことが少しずつ増えました。友達と話していると、言葉にしていない本当の気持ちが伝わってくる。明るく振る舞う子の奥にある寂しさ、平気なふりをする子の我慢。何度も的中するうちに、気のせいではないと気づきました。

中学、高校と進むにつれて感覚は鋭くなり、人混みを歩くだけで、たくさんの感情が流れ込んできます。学校から帰ると、話す元気もなく布団に倒れ込む日が増えました。祖母はそんな私に何も聞かず、ただ赤飯を炊いて待っていてくれました。

都心で疲れ、八王子に戻って。

二十歳を過ぎて都心に出たとき、この力のことは誰にも話さず、普通の会社員として生きていこうと決めていました。けれど満員電車もオフィスの雑踏も、見知らぬ人の感情が絶え間なく押し寄せてきます。半年も経たないうちに、朝、布団から出られなくなりました。

会社を休んで天井を見ていた日、ふと祖母の赤飯の匂いを思い出しました。祖母はすでに他界していましたが、私は八王子に戻ることにしました。

川と街並みの上に大きな雲が広がる八王子の景色

久しぶりの祖母の家は、記憶のままの静けさでした。人形たちも、そのまま棚に並んでいました。その前で「おばあちゃん、疲れちゃったよ」とつぶやいたとき、ふっと肩の力が抜けました。

この感覚は、隠すものじゃない。誰かのために、使うべきものなんだ。そう思えた瞬間でした。

はじめての確かな手応え。

最初の鑑定は、近所に住む30代の男性でした。長年勤めた会社を辞めるかどうか、ずっと迷っていました。新しいことに挑戦したい思いと、周りを失望させたくない気持ちの間で板挟みになっていたのです。

「あなたはもう、答えを知っていますよね」と伝えると、彼は静かに頷き、こう言いました。

「ずっと、誰かにそう言ってほしかったのかもしれません」

数か月後、彼は転職して、新しい仕事を楽しそうに始めていました。誰かの背中をそっと押せた。それが、私にとって初めての確かな手応えです。

木々の間から見渡す八王子の街

答えは、もう
あなたの中にあります。

私はただ、その答えにそっと光を当てるだけです。
今、ひとりで答えを探しているなら、お話を聞かせてください。
あなたの毎日が、少しでも軽くなりますように。

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